中央大学、東京大学それぞれの
前身校について書いた本

「英吉利法律学校覚書
明治期のイギリス法教育」
山崎利男 著
(中央大学出版部)
中央大学は、イギリスの法律
を教える「英吉利法律学校」
として始まった。
著者の山崎利男は、
東京大学文学部東洋史学科卒
で、東京大学教授、中央大学
文学部教授を歴任された。
東京大学名誉教授。

「超然トシテ独歩セント欲ス
英吉利法律学校の挑戦」
菅原彬州 監修
森光 編著
(中央大学出版部)
菅原彬州は、中央大学法学部
を経て中央大学教授(当時)。
森光は、中央大学大学院法学
研究科博士後期課程退学を経て
中央大学法学部准教授(当時)。

「帝国大学の誕生
国際比較の中での東大」
中山茂 著
(中公新書)
東大が帝国大学になったとき
には、まだ、京都などに他の
帝国大学が無かったので、
名称は、「東京帝国大学」では
なく、ただの「帝国大学」で
あった。
上の著書は、他の帝国大学では
なく、東大の前身である帝国大学
の誕生についての書。
中山茂は、東京大学理学部天文
学科を経て、ハーバード大学科学
史Ph.D。

「夏目漱石と帝国大学
「漱石神話」の生成と発展の
メカニズム」
大山英樹 著
(晃陽書房)
夏目漱石は、帝国大学英文科に
入学し、卒業した。
上の著書は、森鴎外、正岡子規
と並ぶ東京大学の文豪3巨頭の
一人である夏目漱石について、
卒業した帝国大学を絡めて
考察・解説した書。
大山英樹は、成城大学文芸学部
国文学科を経て、青山学院大学院
総合文化政策学研究科総合文化政策
学専攻博士課程修了。
青山学院大学非常勤講師(当時)。

「玄耳と東京法学院の時代」
岡村惇 著
(中央大学出版部)
英吉利法律学校は、東京法学院
と名称を変え、その後、一時的に
東京法学院大学となる。
上の著書は、長谷川如是閑、杉村
楚人冠と並ぶ、中央大学の言論3
巨頭の一人である渋川玄耳について、
卒業した東京法学院の歴史を絡めて
執筆した書。
岡村惇は、中央大学法学部卒。
当時は、政府関係機関勤務後、
司法委員を務めた。

「東京帝国大学の真実
日本近代大学形成の検証と
洞察」 舘昭 著
(東信堂)
帝国大学は、京都帝国大学が
出来たときに区別するために
東京帝国大学と改称した。
舘昭は、東京大学教育学部を
経て、同大学院博士課程満期
退学。桜美林大学教授(当時)。
なお、中央大学の正史では、
英吉利法律学校から始まることに
なっているが、実際上は、三菱
商業学校の夜間教室であった
明治義塾の法律部門が明治義塾
法律学校という部局になり、
中央大学の創立者の一人である
増島六一郎がそこの監事であった。
増島は、明治義塾が廃校になった
跡地に英吉利法律学校を設立させ
たので、遡れば三菱商業学校が
中央大学の起源とも言える。
また、東京大学は、帝国大学に
なる前の前身は、江戸幕府時代
の昌平坂学問所、開成所、医学所
の3校に遡り、これらから帝国大学
になるまでの経緯は、やや複雑で
ある。